製法・基準
いわて漆テックの「黒漆」
国産漆の「黒漆」精製 論考
漆の基本は「生漆」「透漆」「黒漆」の三種類です。そして透漆に顔料や混合物、添加物等を加えた色漆、呂色黒目漆など様々な漆に展開されていきます。
漆の精製は、歴史的に見ますと職人さんや精製事業者によってその工程が多少異なりますが、伝統的には加熱攪拌方式や天日精製、またMR法などもよく知られています。いずれも透漆を精製する製法として今日でもこれらの精製法が主として行われております。
ここでは国産漆の「黒漆」について、当社の精製法を説明いたします。当社で精製する国産漆原料の黒漆は「生漆(漉味漆)」に「鉄粉」を加えて練り混ぜる製法で精製しております。
生漆に鉄粉を加えて作る黒漆は、鉄イオンとウルシオールの結合によって生まれる深い黒色を特徴としています。顔料特有の不透明感がなく非常に美しい黒が実現され、その色合いは「漆黒」と称されています。
いわて漆テックにおける「黒漆」(国産・岩手県浄法寺産)の精製工程
当社の国産「黒漆」の精製工程は次に示すものです。
【工程1】生漆(濾味漆)に鉄粉(約6%)を少しずつ加えながらよく練り混ぜます。
【工程2】漆と鉄粉をなじませるため24時間以上寝せます。
寝かせる事により鉄粉を触媒として漆全体の酸化重合が起こり、分子量が大きくなります。
【工程3】寝かせた後、擂潰(30~60分)を行います。
【工程4】擂潰後は蘆紙や濾過機、又は和紙や布を使い漆を濾します。(生漆や鉄粉の細かなゴミを除去します。)
工程3の擂潰は、生漆に含まれる空気を抜き、生漆の粒子を均一均等にするとともに、鉄粉と漆をよく練り混合させるものです。この工程で漆の粒子は均一均等に分散され、漆の粒子と鉄粉が良く混ざりウルシオールの酸化重合反応が促進されます。
擂潰時間は、製造する黒漆の光沢や艶、粘度、又硬化時間や硬度により、当社独自の「品質基準」を基に決定しています。生漆と鉄粉の混合割合は生漆に対して鉄粉6%前後を基準とし、黒色の濃度により鉄粉の量を調整しています。(※品質基準は当社の製法で製造した場合の基準)
黒漆の水分量について
漆に含まれる水分の量は、漆の品質に大きな影響を与えます。
品質の高い漆における最適な水分量は漆の種類により異なりますが、一般的に黒漆の適正な水分量は15~20%とされています。この範囲内であれば、漆の粘性や伸びが良好で、塗布や研磨作業がスムーズに行えるといわれています。
生漆の水分量は、国産漆では15%~17%程度です。黒漆の精製には、生漆ではなく透漆を使う製法もありますが、当社が黒漆の原料に生漆を使用する理由は、主にこの水分量にあります。国産生漆の水分量が15%~17%と適切な水分量を含んでいるので、生漆に鉄粉を混合して黒漆を精製するのが最も合理的であると考えております。
透漆から黒漆を精製する場合、一般に透漆の水分量の基準は3%程度ですから、そこに鉄粉を加えると水分量はさらに低下し、出来上がった黒漆は水分量が非常に低い状態になり粘度は高いものになります。
黒漆は水分量が低下すると粘度が高まり、水分量3%以下では粘度がきわめて高く、塗布することができない状態になるだけでなく、硬化も不十分となる事があります。透漆から黒漆を精製するときは透漆の水分量が15%~17%になるよう水分を加えて精製することが必要です。当社では、水分量が適正値を下回った場合、「漆還元水」を加えることで適正な水分量に調整を行っております。
漆還元水とは
「漆還元水」とは、漆精製の減圧蒸留工程で漆の水分が蒸気として(気化)除去されますが、除去される蒸気を冷却装置で冷却し液体に戻したものです。(この水にはウルシオール、ウルシオール酸、その他の低分子量フェノール化合物や、においのもとであると考えられるアルコール類、エステル類、カルボン酸類、テルペン系の複合物等が含まれています。)
この還元水には、精製漆の稀釈に使用したり添加することで硬化を早める効果が認められます。また甘みのある「ほのかな香り」があります。この香りは還元水に含まれる成分の香りと思われます。当社では現在、この還元水を研究し、新たな用途を開発中です。ちなみに、当社では古くなった漆の再精製サービスを行っておりますが、古くなった黒漆では水分量の減少により粘度が高くなったものがよく見られます。この場合にも漆還元水を加えることにより粘度を改善しております。
黒漆と透漆の適正な水分量の違い
漆還元水についての話題を少し挟みましたが、ここで改めて漆の水分量について、特に「黒漆と透漆の適切な水分量の違い」に焦点を当ててみたいと思います。
当社は精製した透漆の水分量を3%を基準に管理しています。これは「3%まで水分を少なくすることで硬化後の塗膜の透明性や光沢、硬度、耐久性などが向上する」という熊野谿教授(元東京大学名誉教授)の研究結果に基づくものです。当社においても、精製漆の水分量をカールフィッシャー滴定法で計測する実証実験を繰り返した結果、3%前後の水分量が最も適正なものであるとの結論に至りました。
一般的に、透漆の適正な水分量が3~6%とされているのに対し、なぜ、黒漆の適正な水分量は15~20%と高いのか
当社では次のように考えています。 透漆は空気に触れると主成分のウルシオールがラッカーゼ酵素の働きを触媒とし、空気中の水分から酸素を取り込んで酸化重合反応を起こし固化します。一方、黒漆は鉄イオンが酸化重合反応を促進する触媒として機能し、空気中や漆液中の水分から酸素を取り込んで酸化重合反応を起こし固化します。
生漆をくろめて透漆を精製する際にも酸化重合反応は起こりますが、黒漆の場合、鉄粉を混合した時点で鉄を触媒として漆全体により多くの酸化重合反応が起こり、分子量が大きくなることで粘度が高くなり、結果、塗布に適した粘度にするため、また硬化を促進するのために、透漆より多くの水分量が必要になると考えられます。
余談になりますが、黒漆については、日本原子力研究開発機構などの最近の研究により「なぜ鉄粉で漆の色が黒くなるのか」、そのメカニズムが解明されています。
生漆をくろめる際、酸化して漆の色が茶色へと変化していきますが、黒漆が黒くなる仕組みはこれとは全く異なり、鉄イオンの働きによりウルシオールの分子構造が変わることが原因で色が変化します。生漆は「アルキル鎖」という構造でできていますが、鉄を加えると、鉄イオンの働きにより可視光を吸収しやすい「ベンゼン環」へと構造が変化します。重合反応が進み、ベンゼン環が並んだ構造になることで可視光を吸収し、黒く見える「黒漆」に変わる、というわけなのだそうです。
漆は、まだまだ、未知の領域が多く残っている素材。
当社でも引き続き研究を進め、より優れた漆や新たな機能を備えた漆の創造に向けて、日々改良・開発を重ねてまいります。
(2025年5月 いわて漆テック株式会社 及川秀悟)
